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 私が初めて学習塾の教壇に立ったのは,高校1年生の夏休みでした。当時,私の父親はある離島で学習塾を経営していました。父はほぼ全ての教科の指導を一人でしていましたが,何故か理科だけは苦手のようで,夏休みで帰省していた私に中学3年生の理科の指導をするように言ったのです。 
 私の誕生日は3月末で、一番近い生徒は同じ年の4月10日・・・たまたま学年こそ1つ違うとはいえ、誕生日が20日ほどしかかわらない、同い年の教え子を持つことになりました。勿論、当時は教務力があろう訳もありませんので、多少の工夫や入試問題の研究はしたものの、自分が中学校で習ったことをほとんど受け売りで教えていました。それでも生徒たちには、「とてもわかりやすかった」と言ってもらったことを覚えています。
  その年の冬休みも私の「理科集中講座」は続きました。私も大学の試験がありましたから、いわゆる「直前期の追い込み」をしてあげることはできなかったのですが、驚いたことにその年の都立高校入試では、塾生のほぼ全員が100点か95点を取ったのです。口々にお礼の言葉を言ってもらい、私は若くして「教えることの喜び」を知ってしまいました。
 それから長期の休みで帰省するたびに受験生の指導をするようになりました。大学進学後は,4年間,東京の補習塾と進学塾でも時間講師として指導を続け,そのまま職業として塾講師の道を選びました。
 当時,日本はバブル末期でしたが、まだまだ学生の売り手市場で,いわゆる一流企業に就職も可能でした。実際に一流と言われる企業に内定もいただいていましたが,熟考の末、最終的には塾講師を職業に選びました。それは、「島の塾の跡継ぎだから」ということではなく、自分でなければできない指導をし、「将来の日本を背負って立つ,有能な人材を育成すること」に夢を持ったからでした。
 今でも片時も忘れないのは,既に亡くなってしまった父に言われた、「『先生に出会ったお陰で,自分の人生が変わった。』と言ってもらえるような先生になれ!」ということばです。
 私は社員として3つの塾に勤めました。その間に25年以上が経ち、時代も変化してきました。私の信条は、「子供と真剣に向き合い、お互いを理解し合う」こと、そして「深く関わり、徹底的に面倒をみる」ことです。塾講師は、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という自己犠牲の気持ちを持って子供達に尽くさなければなりません。
 そういう私の指導は、時代の流れと共にやりにくくなってきました。深く関われば関わるほど、大きくなるリスクもあります。その結果、企業としては「なるべく関わらないこと」が当たり前となり、指導にエネルギーを注ぐのではなく、塾を「子供を預かる器」として体裁を良くして、しっかり営業をし、顧客を獲得することばかりにエネルギーが注がれるようになってきました。
 恐ろしいことに、授業中に授業を抜け出したり、授業に穴を空けて営業電話をしている。やってきた宿題の内容はろくに見ずにハンコを押すだけ。そんな塾が実際に存在するのです。結果、きちんと面倒をみてあげればつくはずの学力がつかなくなり、残念な結果を招いているという現実を目の当たりにしてきました。
 この度、この塾を設立するのにあたり、父のことばをもう一度深く胸に刻み、「我が身を捨ててでも子供達のために尽くす」という、塾としては当たり前のことを塾是として掲げたいと思います。
 
     加藤理数学院
    代表 加藤 慎一 
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